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梶原山

一本松から見た富士山と駿河湾
■一本松公園から見た富士山と清水港。富士山とほぼ同じ高さなのが雲で、その下のモヤモヤは伊豆半島。

     シロアリは一休みです。
     図面や画像の作成等、思った以上に時間が掛かってしまって・・・。
     ちょっとでも楽しみにして下さっている人がありましたら、ごめんなさい。



昨日は久しぶりの晴天だったので、用事を作って外に出かけたくなった。
あまりに気持ちが良かったので、一本松公園で寄り道をすることにした。

ここは標高304mしかないにもかかわらず、眺めは最高だ。
富士山や三保方面から焼津方面、そして伊豆半島を含めた駿河湾が一望できる。

一本松公園から日本平を見る

勿論、静岡市内の中心部も完璧に見える。
山頂にはもともと、大きな松ノ木が立っていたところから、
「一本松」と呼ばれ、沖の舟からも目印とされていたそうだ。

山の姿がちょうど舟の帆のように見えたので、 「帆掛山」とも呼ばれていたらしい。
現在は公園として整備され、「一本松公園」となっている。
静岡市中心部から、車で30分~40分。気軽な公園である。

尾根伝いに梶原山が見える。
梶原山を望む
■上の写真から更に右を見ていくと梶原山が見える

梶原山は標高279mでこちらから山頂を望む事が可能だ。

15分歩くと梶原山公園に到達できるが、歴史好きな私としては、ここから梶原山の頂を望む方が好きだ。
なぜなら、
梶原山とは、平家物語に何度も名前が登場する梶原景時親子が、
頼朝没後の勢力争いに敗れ、1,200年、敵に追われて行き着いた、最期の場所だから。

おそらく親子を追い詰めた吉川友兼らは
隣の梶原山に篭る梶原景時親子やその郎党の動きを この場所から見ていたのだろうと思うと 緊迫感がある。

最期の時間を彼らに、どのように与えるか?

攻め手の大将の器量が伺える。
日本人の美学がそこにあるような気がする。

梶原景時といえば、源義経に対する讒言や逆櫓論争で、有名である。

逆櫓論争
景時は、
「船のへさきにも櫓を付けて、どの方向へもたやすく転回出来るようにしたい」と進言した。
それに対して義経は、
「はじめから逃げることを考えては縁起が悪い」と、景時の意見を退けた。


この戦いが上手くいったから良いが、これについては、私は義経より景時の意見の方が正しい気がする。
(この時に逆櫓をつけていれば、その後の壇ノ浦の戦いで、潮の流れが悪かった前半戦でも、
  あんなに苦戦することはなかったのではないか?)

鎌倉幕府の有力御家人の中で、NO1の知名度を持っていた梶原親子の最期の地が、こんな身近な場所にあったなんて・・・
静岡に住んでだいぶ経つのに、この山の登り口近くに建つ住宅を設計するまで、知らなかった。

frmg01.jpg
■梶原山を正面に臨むように建つ、フレミングハウス。我が家の愛犬の弟犬も住んでいる。
彼らが生まれた年に設計をしていたから、私が梶原山の事を知ったのは、7年前ということか。


何はともあれ、

「1192いいくにつくろう鎌倉幕府」は、彼がいなければ成立しなかった。

石橋山の戦いで敗れて、洞窟で震えていた頼朝を見つけたのが、景時でなかったら、
間違いなく、頼朝は斬首され、歴史が全く変わっていただろう。
当然、スーパーヒーロー源義経も歴史の表舞台に登場することはなく、
ここで梶原一族が自害することもなかった。

縁とは・・・。
じつに感慨深い。
山に向かって合掌。


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