手前味噌(こちらは糠味噌)の話からです。糠は山梨の実家で、減農薬(なぜ好条件下で、無農薬栽培を行わないかは、また後日)で作られた粉糠を使用しています。実家の中山間地域での米作りは千枚田のような小さな田んぼで作られます。田んぼに入ってくる水は飲めるほどにきれいで冷たく、収穫量は決して多くありません。しかし、そんなところで育った米は田んぼに流す水自身が有機肥料のように富栄養な平地の米とは比べ物にならな...
9月5日に友人の家の内覧会に誘われて、静岡市丸子(まりこ)に出かけた。歌川広重の「東海道五十三次」で有名になった丸子(鞠子)宿のあった場所である。近所には広重の書いた「丁子屋」が今でも現存し、当時から有名な「とろろ汁」を食べさせてくれる。 ■歌川広重(安東広重)「東海道五十三次・丸子」 ■現在の丁子屋丸子は国道1号線バイパスが出来てからは旧道を通る機会がないので、私の家から遠くないにもかかわらず、...
昨日は昼頃までは雨が降っていたが、夕方にはすっかり晴れ上がり、夜には時折雲がかかることはあっても「中秋の名月」を十分味わうことが出来た。一般的にこの季節、台風や秋の長雨のシーズンにあたるため、晴れの日は割と少ない。そういう意味でも貴重だった。ところで、この中秋が陰暦8月15日であることは殆どの人が、知っていると思うのだが、15日=満月は中々ピンと来ない。実際には多少の誤差があるため、数日ずれることもあ...
■洗った里芋■先日、十五夜の話の時、「残り物は、里芋や生姜ばかり」と、ばかにしたように書いたのだが、けっして、里芋や生姜を愚弄したのではない。その場で食することが出来ないから、子供にとっては人気がないのだ。勿論、家に持ち帰れば、母が、芋はイカか竹輪(煮物用の太い生竹輪)と煮込んでくれる。これが絶品で、私は大好物だった。今でもこの時期なると、無性に生姜の香と、里芋の煮物が恋しくなる。中秋の名月は『芋名...
先日の、十五夜の話で、「最後に残っているのは、未だ渋の残っている柿」という話をしたが、この柿、早い時期の十五夜でも食べごろだったりするものだから、たちが悪い。1本の木で、極早生(9月上旬)と思えば、10月下旬頃まで食べごろだ。青い皮の時でも、甘くなっている時は甘くなっている。このあたりの人に言わせると、9月始めに一度甘くなり、ほっておくと中ごろには一度渋が戻り、果皮が黄色くなり、黒い条紋が実の下面の方...
一昨日は十三夜。ふと気がついたときには時計は8時をとっくに過ぎて、9時近くなっていた。昔から、十五夜の月を見て、十三夜の月を見ないのは、「片見月」といって嫌われるので、とりあえず、外に出てお月見と思ったのだが、出てみて、びっくり。月は完全に真上に昇ってしまっていた。十三夜の月は、栗や豆を供えることが多いため「栗名月」又は「豆名月」とも呼ばれる。前にも書いたが、十五夜の月を鑑賞する習慣は中国から伝わっ...
東京でも大阪でも木枯らし1号が吹き、冬の気配が足早に近づいてきた。冬と言えば「火の用心」の本格的シーズンだ。通常はあまり気にしないのだが、木枯らしのシーズンになると、火の用心!火の用心!と言わんばかりに、黄色く色づき、そして強烈な臭いを発するのがイチョウの木。なぜ、イチョウが「火の用心」と言っているように思うのか・・・子供の頃から、イチョウの防火性について、いろいろな人に教えられたために、どうして...